方法論集積蔵
 
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【2013.07.25 Thursday 】 author : スポンサードリンク
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H17闘争記録3〜論文直前期
○5月(択一本試験〜)
・まず、択一期の反省をした。
・次に早速、H16論文過去問を、本試験と同じ時間帯で書いた。これではまだまだダメだな、と思った。
・論文本試験までの、大雑把な計画を立てる。
・さすがに飛ばしすぎて、ちょっと休んだ。
・テコギは、坂井説+判例でいくことにする。
・下準備がなかなか終わらない。やりながら、まだ聞いてなかった色々な講義テープを聞き流す。ここで聞いた「さんかく式」のおかげで、憲法第2問は精神的に楽だった。
・豊島先生の講座を聞いて、「処理手順の確立による安定性と、問題に応じた処理の柔軟性の調和」という問題を再認識。「受からなくてもいい、落ちなければ」という言葉にもビビッとくる。これが本試験でのスローガンになった。
・1日1科目ペースで、全過去問ファイルをダーッと回し始める。そのペースからは遅れ気味だったが。
・刑訴のメイン教材を、山島先生のポテンシャルチャージ講座のテキストに乗り換え。この情報をくれたFさん、どうもありがとう。
・最低ライン答案をいかに書けるか、という実験もやっていた。
○6月
・憲商A、刑事系C、民事系Fという皮算用をした。これで結構気が楽になった。
・過去問グルグルは結局2周くらいしかできず、「完璧」と言うには程遠い状態で、過去問期を終わった。
・伊藤塾直前答練と並行して、手持ちの予備校問題に手当たり次第に目を通し始める。過去問にも、軽く目を通してはいた。
・ブルーになり、商法の答練サボる。
・浴びるように予備校問題に目を通していく中で、「当事者・主体確定→生の主張・反論→(特に効果に着目して)法的構成→要件にあてはめ」という統一的な処理手順を見出す。
・3週間で1500問くらいに目を通し、予備校問題期を終わる。その後、伊藤塾以外の直前答練資料もザッと見せてもらい、最終的には2000問くらいになったと思う。
○7月(〜論文本試験)
・超直前期に入り、「基本」部分の暗記作業に取り掛かる。
・しかし1週間ほどブルーになり、ほとんど勉強せず、寝たり遊んだりしてた。
・戦略・戦術面では誰にも負けないだろうという自信から、あまり危機感なし。
・「試験勉強の本質は、直前期にある」ということをはっきり認識し、今年落ちても来年受かるだろう、と現実逃避気味。
・本試験2日前から欲が出て、過去問と基本事項総ざらい。これは結構良かったかも。

ここまで!あとは記事を読んでください。
【2005.11.25 Friday 18:06】 author : meanlife
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H17闘争記録2〜鬱からの復活、択一本試験まで
○1月
・H16の択一本試験分析をやった。
・正月休みをとった惰性でか、かなり無気力モードに入る。「落ちた自分を許せない」という感情がどこかにいってしまった。
・大切にしていた「表現」ができないことへの不満からか、何のために司法試験受けているのか、よく分からなくなってくる。
・「表現」というのは、そんな大切にするようなもんじゃない、という境地に至る。自分の基盤となっていた思想の大転換。なかなか感動的であった。うむうむ。笑
・勉強する気力が、少し回復。憲法以外の科目も、ゲーム感覚で捉えられるようになってくる。
・憲法の予備校問題の本試験との乖離っぷりにキレて、以後ローラーをやらなくなる。
・確実に受かる対策は立てられない、と身体で悟る。落ちない確率をできるだけ高めるという観点から、相対評価の意識が高まってくる。
・「問いに答える」意識も高まってくる。
・再び、かなりの鬱モードに入る。法律家は比較的、自己「表現」ができる仕事だと位置づけていたのだが、「表現」を捨ててしまったので迷走したみたい。
・「司法試験を楽しみ尽くす」という、半ばやけくそ気味な目的を捻り出して、何とか前に進もうとする。
○2月
・初めのうちは、ニュートラルな精神状態で淡々と勉強。
・刑法各論の論文過去問をやってるうちに、問題文の事情をフル活用しようとすると、採るべき筋が見えてくるというのが分かってきた。「問題文の事情自体に答え・配点がある」というコンセプトの萌芽。
・原則例外論の機能について、考えていたことをまとめた。
・問題文の事情をフル活用すると、時間が足りなくなることに気づく。
・択一で、「背理消去」を導入。「ミルフィーユ方式」も開発。
・論文過去問をゲーム感覚で捉えていくうちに、全て同じように見えてきて、簡単に思えてきた。勉強会の弁護士先生の、「修習での起案でも、事情に触れてるかどうかで点数が変わってくる」という話にヒントを得て、「問いに答える」という格言の真の意味が身体で分かってきた。→「問題文の事情自体に答え・配点がある」というコンセプトの確立。
・問題文の事情を評価するツールの蓄積と、時間管理の面においては、やはりまだ困難な壁があることに気づく。
・論文におけるミルフィーユ方式(2問並行して、点の取れそうなところから答案構成・書き)の訓練を積んでいた。
・ツールの蓄積と時間管理が、対立関係にあることに気づく。
○3月
・本格的に択一の勉強開始。論文過去問とリンクしつつ。
・「理解」の優先順位は「暗記」より低い、と思うようになる。
・プレオープンで合推+8が取れてビックリする。「ミスなくテキトーに」というコンセプトの下、今年は択一マシーンではなく択一アンドロイド程度に留めたいなあ、というイメージを抱く。
・論文の処理手順を作るときに、ある程度の柔軟性を残しておく必要を認識。
・目的的思考の有用性を、強く意識し始める。
・時間管理について模索する中で、「最低ラインを確保した上で積み上げ」というコンセプトを確立。「相対評価の意識」の機能場面も、明確になりつつあった。
・柔軟性と安定性の調和という問題意識を持ち始める。
○4月
・司法試験を、他人を喜ばせるための戦い、と捉えるようになる。
・早くも、伊藤塾論文直前答練申し込み。
・択一を、「ちょーテキトー」に解く実験をした。
・択一ケアレス対策をかなり綿密に立てた。
・各予備校の択一直前模試を受ける中で、「ミスなくテキトーに」解くための具体策を模索。「定規作業」を導入し、「手続は着実に、思考はちょーテキトーに!」というコンセプトに至る。
○5月(〜択一本試験)
・択一本試験直前に聞く曲選びなど、メンタル対策にも手を伸ばす。
・総択2、全択2とも合推+8でビックリしたが、気分良く予備校模試を受け終わることができて良かった。
・毎年恒例、本試験シミュレーション開始。今年は、3時間半で2年分の過去問をやるという荒行に挑戦。なかなか大変だった。
・択一本試験ではいつも通りできたが、自己採点するまでは不安だった。自己採点して、合格を95%くらい確信。H15マークミス1点差落ちのトラウマで、100%は確信できなかったんだよね。論文の勉強への影響はなかったが。
【2005.11.25 Friday 18:04】 author : meanlife
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H17闘争記録1〜年内猛ダッシュ
○10月(発表〜成績通知到着)
・ネットなどで再現答案を大量に集めておいた。
・その年の択一本試験の解き直し・軽い分析もしてたような気がする。
○10月(成績通知到着〜)
・「落ちた自分を許せない」という感情が湧いてきて、猛ダッシュ。
・まず、集めておいた大量の再現答案を分析。論点主義だが論証が薄く、問題文の事情を多く使っている人が、いい評価をもらっている感じがしたと思う。非論点主義かつ趣旨からの論証の論理性で勝負してきたつもりの俺にとっては、ちょっと認めがたい気持ちにもなった。が、これが現実だから自分を合わせねば、と。
・そして、論点主義的な予備校答案のスタイルを学ぶため、各社の過去問集をできるだけ集めた。既に結構持ち腐れていたので、それらを基準に、立ち読みでスタイル・コンセプトが似てると判断した過去問集は買わず。予備校答案ぽくないものも買わず。それらを比較対照した答案セレクト開始。時間管理能力の不足も強く感じていたため、とにかくスピードを重視して鍛えようとした。
・予備校問題も商法のうちは見ていたが、時間がかかるので、民訴以降は見ず。
・さらに、ローラーを半分以下受講。勉強会での予備校問題を題材とした答練にも参加。
・答案を書いたら、勉強会の友人に見てもらっていた。当時はあまり勉強が進んでいなかった人なのだが、予備校答案ぽいか、文章が分かりやすいか等の判定を仰ぐため、あえてお願いしていた。ほんとにありがとうございました。
・ブログでも、1センテンス1テーマの文章を書く訓練をすることを意識し始める。
○11月
・「ゾンビ答案」という発想に、今の「最低ラインを確保した上で積み上げ」というコンセプトの萌芽が見られる。
・辰巳の加藤先生の無料ガイダンスで、目次の重要性に気づく。
・H16出題趣旨分析開始。やはり論点主義的だなあ、と思った。
・暗記カードを作成しようとしたりして、暗記作業に自分を駆り立てる努力をある程度したが、やはり大っ嫌いなので挫折。
・答練では、コンパクトとマクロを追究。
・答案セレクト作業に、だいぶ慣れてきた。そのうち、H16の論文本試験も、全過去問をつぶしていればほぼ書けただろうと思うようになってきて、とにかく来年は後悔しないように、全過去問をつぶそうと固く決意。
・メイン教材の関連箇所に過去問の出題年度・番号を書いていく、という「位置づけ作業」を始める。問題文だけは努力せずともほとんど覚えているという自分の記憶特性に気づき、それを暗記作業の軸にしようと思ったから。
・一行問題対策の方法論は、今思えばこの頃既に完成していた。
○12月
・アタック60を受講し、初めて時間が余るという経験をしたものの、合推に届かず。「争点整理」という択一テクを編み出す。テキトーに解くことの重要性を再認識。
・辰巳の昨年の合格者講師、豊島先生の方法論に出会う。以後、択一論文口述に渡って、非常に大きな影響を受ける。ありがとうございます。
・論文の勉強の方は、この頃あまり力が伸びているという実感がなくて、閉塞感を感じ始めていた。睡眠時間も削って、俺にしてはかなりの長時間、無理に勉強してきたリバウンドが出てきていたと思う。細かく計画を立てたのも、俺にとってはまずかった。
・伊藤塾の無料択一模試で、「ミルフィーユ方式」の萌芽的な解き方を見出す。
・大したことはなかった、と1年を振り返っているが、今思うと大したことあったよ。強がりだったのか、いっぱいいっぱいで認識できなかったのか。
【2005.11.25 Friday 18:03】 author : meanlife
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H16勉強暦
○H16
・1月〜
上三法の論文過去問勉強会と並行して、関連する範囲の択一過去問を解いていった。
同時に、完択を自分なりに色分けしたり、間違えた問題の番号・自分なりに調べ考えた理由づけ等を書き込んだりしてた。
論文が趣旨からのキーワードリンクという論証スタイルだったので、趣旨と個々の知識がどうリンクされるかをよく考えた。
択一過去問が、どうすれば最小限の知識で解けるかを考え、できるだけ個々の知識を趣旨などの上位概念につなげ、「一元化」することに努めた。
かなりの効果があったと思う。知識が整理され、まとまってくる感じ。
・2月
択一必勝を期して、郵送で出願。
・4月
択一に専念。
とにかく、S56〜の過去問を「完璧」にすることを目指した。
つまり、全ての肢・空欄・並べ替え等について、最短かつ最適な思考回路を辿って、反射的に正答できるようにしていった。
文字通りマシーン化してきて、言動がおかしかったらしい。
総択・全択を受けて、4回中3回が合推ピッタリ〜+3くらいだったと思う。
・5月
本試験1週間前から、近年の過去問を年度別で解いてシミュレーション。
58〜60点だったと思う。
しかし、マークミス対策をしてなかったのは甘かった。
トラウマになってて、触れたくなかったのかも。
本試験前日には、試験中3時間半の行動マニュアル・問題処理手順マニュアルを作った。もっと早く作っておくべきだったが。
本試験当日、自分のバンドの曲を聞きつつ、マニュアルを見直して試験に臨んだ。
結局マークの訂正をすることはなかったが、マークするときに慎重になりすぎた感がある。「今年択一落ちたら司法試験やめよう」と思ってたし。
あと、試験を楽しもうという感覚や、全ての肢・空欄・並べ替えをやっていた習慣からか、無駄なことをやりすぎた。
自己採点で、憲13民17刑18の48。8割ならたぶん大丈夫だろうと思いはしたが、辰巳の出口調査速報では、48点あたりに山があった。去年の二の舞かという思いをぬぐい去ることができず、少し論文の勉強が手につかなかった。
論文の勉強は、まだつぶしていない過去問の答案構成と解説読み。やはり結構時間をかけていた。1問に2時間以上はかけていたと思う。
・6月
初めて択一に合格!ネットで番号を見つけたときは、メッチャうれしかった。今思うと、これが一番うれしかったかなあ。
自己採点通りで、マークミスもなくてよかった。
さて論文だが、相変わらずのスローペースで、直前答練も一切受けず。
気分もイマイチ乗らず、勉強会に出て気分転換したりしてた。
なんとなく、これじゃ今年は無理かな、という気がしてきた。択一受かって満足してしまったような。
・7月
それでも悪あがきをしてはいた。平成以降の過去問について、統一的に処理できる手順を構築しようと、試行錯誤してた。
でも、ダメ元で好き勝手に書いてこよう、という心持ちになってしまった。
論点などの知識がなくても、現場思考で問題点を発見し、現場思考で趣旨を導き、現場思考で解釈・あてはめを展開すれば、それが正しくなくても潜在能力みたいなものを向こうが買ってくれると思い込んでいた。
で、そのコンセプト自体は、自分が満足できる程度に達成できたので、正直合格を確信していた。
1日目の再現はしておいた。
・8〜9月
勉強会で、口述過去問ゼミをやっていた。
でも、一人で勉強する気はあまり出ず。
2日目の再現をしようとしたが、あまり記憶に残っておらず。
・10月
論文不合格。ふーんという感じで、そのときはあまり感動がなかった。
総合A落ちくらいだろう、来年は受かる、と甘く見てたからかな。
で、成績表が来て愕然。総合G。もう自分に呆れて笑ってしまった。
それまで、自分の方法論みたいなものに根拠のない自信を持って、偉そうに語ったりもしてたし。
まずは勉強会の友人に再現を見てもらって、アドバイスを色々と。
とりあえず、今までの自分の勉強法にはっきりとNOが突きつけられた以上、今までやったことのないことをやろうということに。
すると、まずは予備校的なことかな、と漠然と思った。予備校答案っぽく書けるようにしよう、と。
そして、これから180度に近い方向転換をしていく過程は、なんとなく人生の宝になるような予感がしたので、このブログを始めることにした。

これで、当ブログの冒頭に戻るわけです。
【2005.11.11 Friday 13:22】 author : meanlife
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H15勉強暦
意外と長くなってビックリ。ここまで長いと読む気なくなるかなあ?
お許しを。

○H15
・1月
なぜか、やめたバンドでライブをやった。練習は当日だけだったが、今までで一番うまくいったライブだった。
・2月
主観的には本気で出願。直接法務省に持っていった。
辰巳のオープンを受け始める。30点台前半→30点台後半に伸びる。
オープンの解説冊子に載ってる関連過去問を、間違った問題についてだけ、オープンの復習として解いてた。←網羅性欠如
解説冊子のよく分からん部分もグチャグチャ考えたりしてたので、復習にかなり時間をかけていた。
大学卒業のためのテスト勉強にも、ある程度時間を取られた。
・3月
オープンの点が30点代後半〜40点代前半になったが、合推ピッタリを1回取っただけ。
伊藤塾公開答練は、受ける余裕がなくなってサボった。
バンドサークルの卒業ライブに、義理で出ざるを得なくなる。いや、楽しかったけど。司法試験をなめてたね〜。
・4月
択一・論文とも答練が終わり、つぶしてなかった択一過去問をつぶしていった。でも全部はできず、かなり残ってしまった。
総択だけ受けたんだったかな?第1回で合推ピッタリとって油断してたら、第2回でかなり合推割れした。
・5月
「自己採点では」憲17民15刑15の47点。たぶん受かってるんじゃないかと思いつつも、嫌な予感がしたような記憶がある。
とりあえず、今まで受けてきた答練の復習から取り掛かるも、あまり手につかず。何をどう勉強するべきか、全く分からなかったということもある。
・6月
2ちゃんでまず、合格点47点と知る。受かったかなと思ったが、番号なし。
成績表では、刑法が1点低い14点で、合計46点だった。
思い返すと、名誉毀損罪の問題を一旦マークした後、訂正するため必死に消しはしたのだが、元のマークの位置にマーク痕が薄く残ってしまった記憶がある。たぶんあれだろう、あれしかないと思った。
H14も同じようなことをやったので、自己採点と実際の成績の乖離をちゃんと反省してなかったことを激しく後悔。
他にも色々あり、廃人状態に。寝込んでしまい、水を飲むのも億劫だった。
・7月
徐々に回復してきて、論文本試験当日、会場見学ツアーに行く。
法文もらえるのがうらやましかった。
2日目はツアーを早めに切り上げ、1日目の本試験問題を時間通りに解こうとする…が、全然時間内に終わらない。なんだこりゃ、答練と全然問題の感じが違う!今まで俺は何をやってきたんだ!と衝撃を受ける。
・8月
ここから、過去問中心主義にシフト。「試験」である以上、大学受験経験に照らし、過去問を徹底的に分析しようと考えた。
そこで、まずH15択一本試験問題について、どの過去問をやっていればどこまで解けたのかを検証。
5〜6割程度は、過去問がほぼそのまま出ていたと思う。
さらに、自分が当時できた現場思考をあわせると、8割。
つまり、過去問を完璧にして、現場思考をする余裕があれば、受かると思った。
その上、残りの問題は、完択に全て答え・現場思考のヒントがあった。成川式や自国も比較したが、網羅性・レイアウト・趣旨の記載の使いやすさから見て、完択が総合的に優れていると思った。そこで、完択を使い始める。
そして次に、論文過去問に着手。1問あたり1週間とかかけて検討してた。
各種答案例・再現答案を参照したり、基本書・判例集・コンメンタールをあさって調べまくったり。
・9月〜
勉強会も巻き込んで、論文過去問の検討会をやってもらった。
論文答練は一切受けず。
択一答練も、各予備校の無料模試などを受けるだけ。
・12月
もうちょい頻繁に論文過去問の検討会をやりたかったので、もう一つ勉強会を追加。やはりネットで募集してて知った。
【2005.11.11 Friday 12:41】 author : meanlife
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H14勉強暦
覚えてる範囲で書いていきます。

○H13夏
LEC柴田先生の入門講座を通信で申し込んだが、ずっと放置。
○H14
・2月
一応郵送で出願はしたものの、やはり放置。
・3月
上三法の論点知識以外の部分を、テープで速聴きし始める。
・3月末
辰巳択一過去問のAランク問題を解き始める。解説検討も含め、1問あたり30分〜2時間くらいかかった。
・4月
LEC柴田先生の論基礎を通学でとったが、半分も通わず、講義中も択一過去問を解く内職ばかり。講義聞くの嫌いだったんだよ〜。
各予備校の動向調査のため、総択・全択・F択を1回ずつ受ける。20点代後半〜30点台前半だったような。
・5月
択一本試験。憲民はほとんどカン。刑法は100分以上かけたような。
クイズ・パズル感覚で純粋に楽しめた。マークだから、受かる可能性はゼロではないと思ってた。
LECの解答速報会も、クイズ番組みたいでおもしろかった。
・6月〜
不合格。憲9民9刑10の28点だった。ここで自己採点より1点低かった反省をしておかなかったことが、翌年に響く…。
このあたりから、論基礎の機械的論文答練が始まったような。初回だけは柴田先生の論証とか覚えたりして、結構バッチリ予習したが、何となく違和感があった。
そこで、短期合格者が出る→司法試験は知識量を問うものではないはず→択一過去問をやってみた感じ、現場思考力を問うものだろう→現場思考力は、知識がついてからでは鍛えられない→知識を入れないで、予習なしで答練受けよう…ということに。勘違いしまくり。笑
機械的答練は、柴田先生オリジナルの現場思考系問題(なかなか本試験ぽくて良かったと思う)とLECの過去の答練の問題で構成されてたんだけど、前者だけを2時間で、六法だけを頼りに書くという荒行を始める。
憲法・刑法の処理手順とかの基本的な書き方は、前もって柴田先生の講義で知ってはいた。
答練後の解説講義で、論文って結構自由に書いていいんだな、という印象を刷り込まれる。
・8月
機械的答練の現場では書かなかったLECの過去の答練問題を、遅延答案で出し始める。家でプロヴィとか調べて、自分が納得いくまで推敲した。意外と点数が伸びないこと(せいぜい25点くらい)に少し疑問を持ったが、スルー。
ここで、形式的にはバンドをやめた。
・9月〜
ネット上で募集していた勉強会に参加。今まで、いやこれからも、非常にお世話になる。勉強というより、情報交換が中心。
・10月〜
早稲田法職の論文模試と、伊藤塾公開答練を受け始める。やはり、引き続き現場思考を鍛えるのが目的だったので、ほとんど予習せず、現場の六法だけが頼りという状態。
復習は、時間は結構かけたし色々考えもしたが、当時の実力で時間をかけたりしても無駄が多かったように思う。
このあたりから2ちゃんで、元祖「趣旨からの論証スレ」に強い影響を受ける。現場思考重視の俺のコンセプトに合ってたため、答練でも採り入れ始める。
・12月
勉強会の友人が貸してくれた、永山先生の「論文の優等生になる講座/科目別編」に強い影響を受ける。主に、趣旨・本質からキーワードリンクで論証するということに着目していた。
【2005.11.11 Friday 11:30】 author : meanlife
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